カテゴリー:012泉州ブランド発掘チーム

泉ブラ歩きvol1 ~泉佐野市 さの町場~3

泉佐野ふるさと町屋館(旧新川家住宅)をあとにした私たちは、
くるまみちを通っていろは蔵通りへと向かいました。

くるまみちは、かつて船からおろした荷を載せた
荷車が往来し、にぎわったといわれる言わばさの町場の
メインストリートの一つで、古い家並みも残っています。

そして、いろは蔵というのは、隆盛を極めた豪商食野家の蔵で、
いろはの順に48蔵あったと言われており、いろは蔵通りは、
その名残をとどめる通りです。

しかし、岡山県の倉敷や鳥取県の倉吉のように、
白壁の蔵が立ち並ぶ観光名所を想像して訪れると、
少しがっかりするかもしれません。

蔵の名残をとどめる建物は、住宅やタオル工場等に転用され、
現在はすっかり生活の場となっています。

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そして、このいろは蔵通りには、下の写真にあるような力石が
残されています。
かつて、力比べの遊びのため、持ち上げて使われていたとか。
ガイドさんに案内していただきながらの町歩きじゃなければ、
ついつい見落としてしまいそうで、丁寧に説明し、案内してくださる
吉野さんに感謝。

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そうこうしているうちに、お昼時に。
昼食は私たちのリクエストで、さの町場の中にある
「大工食堂」さんへ。

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暑い中歩いてきたので、バテてしまって、あまり食欲ないわ~
と思っていたのですが、食事を目の前にすると、
何やかんや言いながら、すっかり平らげてしまいました。
ごちそうさまでした♪

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ちなみに、この大工食堂は、5月21日にご紹介した
「泉州銘菓 『時雨羹(しぐれかん)』(村雨)のお話」でご講演くださった
大工まことさんのご実家で、訪れたとき、ちょうど大工まことさんも
お店を手伝っておられたので、食事の後、大工まことさんを囲んで
記念撮影しました。

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大工食堂を後にした私たちは、旭町会館のすぐ近くにある
レトロな長屋を見ながら、紀州街道(孝子越え街道)へ。
大工食堂で教えていただいた無人かき氷売り場を発見。

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たまたま行ったときは有人だったのですが、普段は、
青空市場にお店を出していらっしゃって無人になるので、
クーラーボックスの中にかき氷(市販されてるものではなく
手作りのかき氷をパックに入れてます!)を入れて販売しており、
代金は横の招き猫(お金を入れやすいように招き猫ちゃんは
寝かせられちゃっています!!)に入れる仕組みになっています。

寝かせられた招き猫のとりこになり、冷たくて美味しそうな
かき氷の誘惑にも勝てず1つ購入。
暑い中、食後のデザートに最適でした♪

さて、そのまま紀州街道(孝子越え街道)を和歌山方面に進み、
春日神社へ。
ここでは、岸和田の寺田財閥と春日神社とのつながりについて、
吉野さんから説明を受けました。
昔に比べると神社の境内は随分狭くなったようで、
昔は隣の公園も神社の境内だったようです。

春日神社を過ぎたあたりから、紀州街道(孝子越え街道)は、
商店街になります。
商店街からくるまみちを少し浜手に入ったところに、
お多福石があります。
吉野さんに教えていただかなければ、これまた見落として
しまいそうな、というか完全に見落としていたでしょう。きっと。

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再び商店街に戻り、続いてやってきたのが上善寺です。
本堂の建物も見事なら、阿弥陀如来像もとても大きくて
立派でした。

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また、境内には水かけ観音様もまつられており、
信仰を集めているとのことです。

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お参りを済ませ、上善寺から少し山手に入ったところにある
「むか新」の創業地を見に行きました。
「むか新」は泉佐野を代表する和菓子屋で、近年は泉州を中心に
店舗を広げているので、泉州に住んでいらっしゃる方なら
知らない方はいないのでは。
残念ながら創業地の建物は現在は使われておらず、
本店も移転し、工場も別にあります。

泉ブラ歩きもこれでほぼ終了し、泉佐野駅へと向かいました。
駅に戻る途中、出発のときにはまだ閉まっていた嶋崎モスリン店が
開いていたので、吉野さんが店の方に声をかけてくださり、
年代物のマネキンを撮影することができました。
ガラス越しなので、反射してしまいましたが、雰囲気だけでも
感じていただけるでしょうか。

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以上で、泉ブラ歩きvol1のさの町場めぐりは終了し、泉佐野駅前の
「眼鏡のヨシノ」前で、ガイドの吉野さんにお礼のごあいさつをして
解散とあいなりました。
そうです。「眼鏡のヨシノ」は、ガイドをつとめてくださった
吉野さんのお店です。
吉野さん、本当にありがとうございました。

泉州に暮らしていて、泉佐野って本当に身近な場所なのに、
今回、知らないところをいっぱい訪ねて、たくさんの発見をして、
いろいろなことを知ることができ、とても勉強になりました。
しかも楽しくいろいろなことを知ることができ、
さの町場のことが、そして泉佐野をはじめ泉州のことが
ますます好きになりました。

あなどれない泉州。奥深い泉州。これからもますます目が離せません。
次回の泉ブラ歩きvol2が楽しみです。

長編におよぶ泉ブラ歩きvol1 ~泉佐野市 さの町場~の
レポートをご覧いただきありがとうございました。

投稿者: あしか 日時: 11:22 | | コメント (2) | トラックバック (0)

泉ブラ歩きvol1 ~泉佐野市 さの町場~2

泉ブラ歩き続きです。

南海本線泉佐野駅でガイドの吉野さんと待ち合わせ。
とても暑い日でしたが、わくわくしながら出発進行!
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駅からすぐのところ、駅前通り商店街にある嶋崎モスリン店です。
「モスリン店」として、つまり「モスリン」の専門店として看板を掲げて
営業している店は、全国的にも珍しく、ひょっとしたら日本中で
この店だけかもしれないと吉野さんはおっしゃってました。

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ちなみに私はこのときまで「モスリン」とは何ぞやということを
知らなかったのですが、本来はインドで多く生産された
目のつんだ平織の木綿織物のことらしいのですが、
日本ではふつう「羊毛の単糸の平織物」のことををいうらしいです。
薄地で柔らかく、無地染、友禅染などに加工し、
着尺、じゅばん、はんてん、寝具、ブラウス、スカーフなどに
用いられてるらしいです。

ちなみに通りがかったときは、まだ店は開店しておらず、
シャッターがおりていたのですが、
この店には年代物のマネキンがあり、必見とのこと。
帰りがけに通るころには営業しているらしいので、
帰りにマネキンを見ることを楽しみにしながら歩みを進め、
新地通りを歩き、旧国道26号を渡り、紀州街道(孝子越え街道)を通り、
さらに浜手へと細い道を入っていきました。

そしてやってきたのが、西法寺です。
このお寺は、豪商食野(めしの)家ゆかりのお寺で、
食野家の思い入れも深く、食野家が隆盛を誇っていた頃は、
このお寺にも相当財力をつぎこんだそうです。

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このお寺には本来の門のほかに、食野家に近い方角に、
食野家専用の門として、門が造られたそうです。
ちなみに食野家は、現在の第一小学校のあたりに屋敷があったそうで、
第一小学校の校庭に「食野宅跡」の石碑があるそうです。

このほか、このお寺には、門跡(皇族で出家された方)をお迎えするために、
紀州街道(孝子越え街道)からすぐ入ってきたところにも門が造られ、
門跡の駕籠をつけた場所に「おかごよせあと」の石碑があります。

こうした吉野さんの説明に「へぇ~」を連発しながらの町場めぐり。
次の写真は大将軍湯というお風呂屋さんです。

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現在も営業しているお風呂屋さんで、今なお薪でお湯を沸かしているとか。
また、このお風呂屋さんの建物は、関西では珍しい建築様式だそうで、
建てるときに関東から職人さんを呼んできたのではないかのとのことです。

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町場をめぐりながら、「古い町並みの残る町場の中にも、
建て替えなどで新しい現代風の家が混じってきており、
昔からの町並みを残していくということはとても難しく、
この町場めぐりも、いつまで皆さんをご案内して
楽しんでいただけることか…」との吉野さんのお話もありましたが、
家が新しくなっても、ポストは昔の懐かしい形のまま。
そんなところに、少し安らぎを覚えた私たちでした。

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続いては、和菓子屋さんの「なかむら」です。
この店の前で、泉州銘菓の時雨羹(しぐれかん)、いわゆる村雨の発祥は、
食野家の台所で番頭さんがつくったものであったとの説明を吉野さんより受けました。
詳しい話は、5月21日にご紹介した「泉州銘菓 『時雨羹(しぐれかん)』(村雨)のお話」
重複するので、割愛しますが、この「なかむら」さんは、時雨羹の製造も
機械化が進む中、昔ながらの手作りで製造していらっしゃるそうです。

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続いてやってきたのが、泉佐野ふるさと町屋館(旧新川家住宅)です。
ここは、泉佐野市の指定文化財になっています。

食野家が全国規模で商いを展開していたのに対し、
この新川家は、地元密着型の商いを行い、栄えた家で、
江戸時代の泉南地域の建築様式を今に伝える貴重な文化財です。

ソトグラ、ザシキ、ブツマはコミュニティースペースとして開放しており、
ソトグラは講演会やミニコンサート、作品展などに、
ザシキ・ブツマは茶会や句会などに利用されているそうです。
私たちが訪れたときは、ソトグラで俳句・俳画展が開催されていました。

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また、私たちが訪れたときに、ちょうど泉佐野歴史館の元館長の
樋野修司先生がいらっしゃったので、さの町場の歴史についてお話を伺い、
この新川家住宅の間取りや建築についてもご説明いただきながら見学しました。

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さの町場は、城下町や寺内町のような区画整理された整然とした
町並みではなく、細い道が複雑に伸び曲がっているので、
道に合わせて家もいびつな形(長方形ではなく台形など)に
建てられたため、2本の梁(はり)なども平行には渡されていないそうです。

見学しながら、またしても「へぇ~」の連発。
大変興味深かったです。

(つづく)

投稿者: あしか 日時: 12:27 | | コメント (0) | トラックバック (0)

泉ブラ歩きvol1 ~泉佐野市 さの町場~1

「泉ブラ歩き」は、泉州ブランドを探して歩く会のことです。

私たちは、泉州ってええとこやん!I LOVE泉州の精神で
「泉州人」の活動をしているわけですが、
じゃあ、泉州って具体的にどこがええの!?といわれると、
自分たちも知らないことがいっぱいある。

そこで、自分たちの足で歩き、目でみようと立ち上げたプロジェクトが
「泉州ブランド発掘プロジェクト」です。

で、そのメンバーで街歩きをするのが「泉ブラ歩き」
ってなことで始めました。
自分らも楽しみながら続けていけたらと思っています。

8月12日(土)第一回目で、泉佐野市に行ってきました!
泉佐野市の駅さがりにある旧市街地、「さのまちば」。
今回は泉佐野市観光ボランティアのガイド吉野さんに案内してもらってきました。

→泉佐野市観光ボランティア
→さの町場通信

コースはざっとこんな感じです。
9:00~13:00くらいまでの4時間で充実した探索でした!

泉佐野市駅→嶋崎モスリン店→西法寺→和菓子「なかむら」前→明巌寺→新川家住宅ふるさと町屋館→いろは蔵→大工食堂→春日神社→上善寺など→嶋崎モスリン店前で解散

写真と見所を後日アップしていきます!

投稿者: あしか 日時: 13:32 | | コメント (0) | トラックバック (0)